B.B.Kingと共に来日。B.B.はオープニングアクトを勤めた他、ステージの最後に彼のバンドと共にU2と共演し、BONOと息の合ったデュエットを披露した。
このツアーは日替わりで曲目・曲順が大きく変わった。


11.23-神奈川・横浜アリーナ
(Set List)
11.25-東京・東京ドーム(Set List)

11.26-東京・東京ドーム(Set List)
11.28-大阪・大阪城ホール(Set List)

11.29-大阪・大阪城ホール(Set List)
12.01-大阪・大阪城ホール(Set List)

 
           
                 


11.23-神奈川・横浜アリーナ
U2はアジアの他の国でのツアーも考えていたが、結局日本のみとなった。
バンドの機材を運んでいたジャンボ747型機が、シドニーから横浜へ向かう途中にカモメの大群と遭遇し、その結果、会場に着いたのが開演時間のほんの数時間前となってしまった。クルーは音響と照明設備を設置するのに猛烈に働き、何とか時間に間に合わすことができた。
今回の日本ツアー全6回の最初のショーが、U2日本デビューからちょうど6年後のこの日に行われた。観客はU2が見られて幸せだった。日本人の特徴なのか、熱狂的な感情表現は示さなかったけれども。

11.25, 26-東京・東京ドーム
(当時)U2の人気が日本でひじょうに盛り上がってきており、”ビッグエッグ”の愛称で知られる東京ドームの2日間のショーは完売となった。
熱狂的な観客は、曲のほとんどの部分を一緒に歌い、BONOが日本語で挨拶すると歓喜で答えた。”チカ”という男性がBONOの好みに合わせて"People Get Ready"を演奏した。「彼のギターの音を大きく!彼が弾くのを聞かせてくれよ!」とBONOが叫んだ。日本は中国と何マイルも離れているが、U2が政府による圧政に抵抗する学生達がいる国へ向かって演奏している時(注:この年に「天安門事件」が起こる)その距離は最も近くなった。
"Love Rescue Me"の始めにBONOはこう言った。「ロックンロールは物事を変えることはできない。人は物事を変えられる。でもロックンロールは人に属するものでもある。人は変化を成すことができる。俺たちはこの歌を東ベルリン、チェコスロバキア、鉄のカーテンの後ろにいる人びとに捧げる。彼らは暴力なしで変革をもたらしてきた。俺たちの音楽はこのような人々に属している。次の曲を中国の人たちに捧げます。北京の広場を埋め尽くした勇気ある人たちに」。


11.28, 29 &12.2-大阪・大阪城ホール
ツアーの3日目とこのラストのステージで演奏された"Knocking On Heaven's Door"は、観客から多大な歓声を受けた。BONOは"People Get Ready"の時に誰かステージに上がってくるよう促した。セキュリティーがステージに登ろうとしたファンを手荒に扱ったとき、BONOは怒った。「俺たちのファンに触るな!」BONOは叫んだ。そのファンの男性がついにステージに上がることができた。彼は上手いギタリストで、長いソロ部分を弾いてみせた。
注目すべきことは、全くバラバラな曲順が、ショーにワクワクさせるような興奮を加えたことである。"Stand By Me"のイントロでも、この驚くべき効果は現れた。しかし、世界がこれを見てしまってからは(?)U2がこの曲を演奏するのはこれが最後だった。
U2はパワフルかつソウルフルだったので、観客も日本人特有の遠慮を捨てて、前回より更に元気よくなった。"I Still Haven't Found〜"の時は、何人かが席を離れて前に出て踊った。しかし、一番前の列にいた1人の男性がイライラし、無理矢理他のファンを席に戻らせようとした。BONOは素早く行動した。「U2のライブでは観客はお互いを押したりしない。君たちが前の席を買ったとか、後ろの