From The Sun: Bono reveals dad's dying words ボノ、父親の死に際の言葉を明かす By DOMINIC MOHAN  観衆の歓声がU2のボノの耳の中で鳴り響き続けていた。多くの観客はその時、 家に向かう道の渋滞と格闘していた。  しかしこのシンガーはプライベートジェットを飛ばし、ダブリンの病院で死にゆく 父親のそばにいた。  これは彼がヨーロッパのツアー中、毎晩のように行っていた“巡礼”であった。  そして彼は、75歳であったBob Hewsonが亡くなる瞬間と、息子に支えられながら その間際に語った言葉を忘れることはないであろう。  これは滅多にない独占インタビューであり、おそらく41歳のボノが9ヶ月の Elevationツアー終了後に初めて彼の苦悩について率直に語ったものだと思う。  彼は語った。「ツアーに出て歌を歌うと言うことは、親父の死と向き合っていた 俺にとっては、随分助けになったんだ」  「悲しいことを封印してしまったら良くないんだ。そういう時こそアクセルを踏み 込むべきなんだ。そういうことは表明して、向き合わなきゃいけないと思うし、実際 俺は毎晩のようにそうしたんだ」  彼は自分の父親の死について、3ヶ月前に初めて公言した。ボノは父親の死の時には 彼のベッドの側にいたが、驚くことに数時間後にはステージにのぼっていた。  彼は認めた。「あれは異様な時間だったね。いつもだったらステージを降りたら すぐにダブリンに向かって飛行機を飛ばしていたんだ。そしていつも気持ちを落ち 着かせようとして1杯のBushmillsを飲んで、それから病室に入っていたんだ」  「俺は耳の中に観衆の歓声の残響を聞きながら、親父の側で眠っていたんだ」  「U2ファンは世界で一番騒ぐ観衆だし、その時も耳の中に残っていたと思う。 おそらくその時彼らは家に向かって車を運転している頃だったと思うけど、俺は 静かに眠る親父の側で横になっていたんだ。彼は俺をじっと見つめたり、何かを つぶやいていたりした。死ぬ間際になって彼と多くの時間を過ごしたんだ」  「俺が小さかった頃はろくな関係じゃなかったけど、彼の晩年には仲直りできたし、 彼の側にいることができてとても幸運だったと思う」  「俺は親父が最期の言葉を言ったときに、その場にいたんだ。彼は目を覚まして 俺を見て、俺が目を合わせると『お前達、みんな狂っているんじゃないか?』と 言ったんだ。ぼそぼそ言っていたから俺が『何だって?』と聞き返すと、『お前達 全員頭おかしいんじゃないかって言ったんだ。ここは牢屋じゃないか。家に帰りたい よ』 そう言ったんだと思う」  「後になって、彼が単に病院のことを話していたのではないんじゃないかって 気がついたんだ。病気で苦しむのにうんざりしていたんだと思う」  「今は死について、彼が新しい肉体を得たと考えているんだ。俺は死を恐れないし、 いつか彼に再会できると思っている」  今年3月、私は壮大なU2のElevationツアーのオープニングを見るためにMiamiに いた。これが史上指折りのロックンロールツアーになると疑いもせず。9ヶ月後、 ボノはツアーを締めるために同じ町へと戻ってきた。しかし多くのことが変わって しまっていた。  ボノの父親が亡くなり、George Harrisonも亡くなった。世界貿易センタービルが 消滅し、世界は戦争状態だ。これらはボノの心に影を落とす。  幸運なことに、彼もラリーもアダムもエッジもツアーを愛している。  ボノはツアーの素晴らしい面についてよく考えている。しかし彼はそのもう一方の 面、つまり12歳のJordan、10歳のEve、2歳のElijah、そして1歳のJohn Abrahamと e-mailを通じての父親になってしまったことを認める。それはある意味、ツアーが 終わってホッとしているように聞こえる理由だろう。  彼はしわがれ声で説明する。「俺は生まれながらの風来坊なんだ。ツアーに出るのは 好きだけど、ある1点だけは除いてね。今は俺は子供達がいるし、彼らと一緒に いられないのは本当に寂しいんだ」  「彼らが遊びに来て一緒に過ごすことができるとしてもね。今は自分も子供達も 父親として受け入れる準備ができているよ」  「Cyberdadになるなんて、俺の柄じゃない。インターネットで子供の画像を送って もらって、なんて悲しいんだって思いながらそれをパソコンで見るんだぜ」  「画像を見ながら会って抱きしめたいと思っても、それはできないんだ」  「もちろん絆を保つのは難しいよ。でも妻のAliは偉いよ。俺がツアーに出るとき、 彼女はパーティーを開いてくれるんだ。彼女は自立心旺盛だし、精神不安定になら ないんだ」  「固い絆を持ち続ける秘訣は、時々神秘的なものを持つことだね。彼女も俺も 互いのプライバシーは尊重しているんだ」  「子供達は面白いよ。Elijahが俺が飛行機で働いていると思っていて、飛行機が 空を飛ぶたびに『わー、パパだ』と言うというのは受け入れがたいけどね」  ツアーは終わったばかりだが、U2はすでに来年のツアーを構想しており、世界中で ヒットした「All That You Can't Leave Behind」に続く作品の制作のためにスタジオに 入っている。  ボノは語る。「俺には暴れ回るのが好きだという面があって、家族と友人と共に ワイルドでゴミだらけなクリスマスを過ごす予定さ。けど、俺達にはやることが あるんだ」  「U2はちょうど今興奮状態にあって、このツアーで得たパワーを何曲かに取り 入れたいなと思っているんだ」  「俺はこの生活が好きだけど家族もいる。とても慎重に考えているよ」  「パーティーするのは飽きたし、多分それが俺の唯一の長所かな。飽きてない奴も いるみたいだけどね。俺はカーニバルのアイデアは気に入ってるけど、カーニバルは 受難節(*)の前にあるんだ。どちらか片方というわけには行かないんだよ」 註:受難節(Lent)  断食を意味する昔のゲルマン系(古ドイツ語)の言葉から今の英語になったもの  イエスの十字架上の死をしのび復活のの喜びを祝う(復活祭)までの準備の時  「俺は飲み過ぎていても、止めるときは知っている。たぶんAliのような特別な人に 巡り会えていなかったら、もしくは今の友人や信仰を持っていなかったら、今頃俺は Michael Hutchenceと同じところにいたかもしれないね」  「問題を抱えている人たちを裁いてはいけないんだ。なぜなら、もし神の慈悲が なかったとしたら・・・」  ツアーが始まったとき、ボノは世界最高のバンドという称号を奪還することを狙って いると宣言していた。  もし分からない方がいたら、DVD、またはビデオの「U2 Elevation - Live From Boston」を観れば、彼らがそれを達成したことが分かるであろう。・・・しかし、 彼は成功したと思っているのだろうか?  ボノは挑戦的だし、もし他の誰かがそう言ったとしたら、それが元で彼は嫌われる であろう。しかしボノは、「俺は、自分たちが世界で最も偉大なロックバンドという 自分たちの看板を取り戻したいって言ったよ」と言い、わざわざそのことを話題にした。  「俺が言いたかったのは、ライブのことなんだ。つまり、君があの空間に立って 床が揺れて心臓が破裂しそうになって、本当にどこか別のところに連れて行かれる 感覚に襲われたとしよう。その時、君は世界最高のバンドを観ていることになるん だよ」  「他にも非凡なバンドがいるよ。例えばRadiohead、Oasis、Coldplay、Travis、 Stereophonicsといった連中さ。  「けど、与えられた夜全てにおいてそれを証明しなくちゃいけない。だけど俺は、 今まで以上に毎晩それを成し遂げたと思っているよ」  それなら答えはイエスだ。そして、彼は正しいのだ。